旅行や観光に関するデータは数多く存在します。「観光客数」や「旅行消費額」といったキーワードで検索をすると、様々なページがヒットしてきますよね。行政や公的機関の無料で自由に利用できるデータをダウンロードしてきてとりあえず使っている、という方も多いのではないでしょうか。
世の中に存在する様々なデータの中で、最も信頼性の高い数値といえるのが「観光統計」です。では、なぜ観光統計は信頼性が高いのでしょうか?他の調査データとは何が違うのでしょうか?
このページでは、数字を利活用する上で理解しておきたい観光統計の基本的な仕組みや種類について解説します。
そもそも「統計」とは?

「統計」とは、集団を構成する要素の分布を調べ、集団全体の特徴を明らかにした数値のことです。
辞書でひいてみると、次のような説明がされています。
集団における個々の要素の分布を調べ、その集団の傾向・性質などを数量的に統一的に明らかにすること。また、その結果として得られた数値。
出典:「広辞苑」(第六版)
非常に端的に統計の特徴をまとめた記述なのですが、きちんと理解するにはかなりの読解力が求められるので、よりわかりやすく解説したいと思います。
「統計村」を例に考えてみよう
例えばAさんとBさんが、「統計村」に住む人々のうち、何割の人が数学が好きか調べたとします。統計村には1,000人の人が暮らしており、住人であるAさんとBさんは異なる方法でアンケート調査を行いました。
Aさんは、できるだけ早く調査結果が出せるように、自分の家族・親族や友人、知人など身近な人から声を掛けて、300人の回答を得ることができました。その回答から、「統計村」全体で数学が好きな人の割合は70%と推定しました。
Bさんは、できるだけ調査対象が偏らないように、住民1,000人のリストからランダムに対象者を選び、時間はかかりましたが300人の回答を集めました。その回答から、「統計村」全体で数学が好きな人の割合は70%と推定しました。 その回答から、「統計村」全体で数学が好きな人の割合は70%と推定しました。
さて、この場合「統計」と呼べるのはAさんの調査結果でしょうか。Bさんの調査結果でしょうか。
正解は、Bさんの調査結果です。
「統計」はまんべんなく調べること
「統計」は、先ほどご紹介した辞書の説明にあったように「分布」を調べる手法なので、正しい数値を導くには集団をまんべんなく調べることが非常に重要です。調査対象が一部の要素に偏ってしまうと、真実の値とは全く異なる結果が出てしまう恐れがあります。
例えば先ほどの「統計村」の例でいうと、Aさんの調査では以下のようなことが起こってしまいました。
Aさんが調べた対象者を後日よく確認してみると、Aさん自身が大学の数学科に所属しているために、数学に関心の高い人が多く含まれていることがわかりました。しかし統計村全体でみると、文系学科所属や卒業の人の方が多いため、 数学が好きな人の割合が村全体で70%という結果は高すぎる、という結論になりました。
一方、Bさんの場合は村の構成要素である住民をまんべんなく調べていたので、村という集団全体の傾向や性質を明らかにすることができました。
もちろん、AさんもBさんも1,000人の住民全員から回答を集めれば全く偏りがない状態になります。これを全数調査(あるいは悉皆調査)といいます。全数調査を行なえば精度の高い結果が得られますが、現実世界では時間や予算、社会的制約などの観点から、AさんやBさんが実施したアンケート調査のように、集団を構成する一部の要素を選んで調査を行うことが一般的です。このような調査のやり方を標本調査といいますが、標本調査では特に偏りなく分布を調べた結果であるか注意をする必要があります。
※上記に挙げた「統計村」のスタディケースは簡略化した事例であり、必ずしも最適な調査手法を示すものではありません。
観光統計の仕組みと信頼性

上記では「統計」と呼ぶにふさわしい数値とはどのようなものかを解説しましたが、これに基づくと、観光統計とは、観光に関する傾向・性質などを統計的な手法により数量的に統一的に明らかにした数値ということになります。
すなわち、世に出回っている観光関連のデータが全て「統計」であるとは限りません。見た目は同じ数字ですが、観光統計と一般的な調査データには明確な違いがあります。
その違いを理解するために、まずここからは観光統計がつくられる社会的な仕組みについて解説します。
公的統計は法律に基づいて作成されている
観光統計は、「公的統計」と「民間統計」に大きく分かれます。
公的統計とは国や都道府県といった公的機関が作成するもので、そのほとんどは総務省が所管する統計法(平成19年法律第53号)という法律に基づいてつくられています。
統計法の目的は、公的統計(※)の作成及び提供に関し基本となる事項を定めることにより、公的統計の体系的かつ効率的な整備及びその有用性の確保を図り、国民経済の健全な発展及び国民生活の向上に寄与することとなっています(第1条)。
出典:総務省ウェブサイト
(中略)
※国の行政機関・地方公共団体などが作成する統計を言います。統計調査により作成される統計(調査統計)のほか、業務データを集計することにより作成される統計(いわゆる「業務統計」)や他の統計を加工することにより作成される統計(加工統計)についても公的統計に該当します。
公的統計として作成されている観光統計は、国の行政機関や地方公共団体などが主体となって整備されています。
統計法に基づく公的統計を実施するには、調査方法の妥当性や結果の精度などについて、総務省のチェックを通過をして認可を受ける必要があります。そのため、統計法に基づく公的統計として実施されている観光統計は、非常に信頼性の高いデータとして参照することができます。
観光統計の種類

観光統計と一口にいっても、その統計の目的や明らかにしたい内容によって様々な種類があります。ここからは、以下の3つの観点から観光統計の種類をご紹介します。
- 「調査対象」の違い
- 「明らかにしたい指標」の違い
- 「調査方法」の違い
観光統計のデータを活用する際には、そのデータが自分の目的に合致しているか、これらの観点から必ず確認するようにしましょう。
調査対象者別の種類
観光統計の数字を正しく理解するためには、「誰を対象に調査を行ったか」を確認することがとても重要です。例えば、日本全国で1年間にどれくらいの人が宿泊旅行をしたかを調べたい場合、あなたなら誰を対象に調査を行いますか?
まず考えられるのが「旅行者」でしょう。個人を対象に旅行に行ったか、行っていないかを聞くことで、人口の何割が旅行をしたかを調べることができます。
次に考えられるのが「事業者」です。ホテルや旅館では自分の施設に何人の旅行者が泊まっているか把握しているので、この情報を全国から集めれば日本全体の旅行者数が推計できます。
国内の年間宿泊旅行者数を調べるという目的は同じでも、調査対象が異なる可能性があるというのがポイントです。調査対象が変われば、調査の結果として導かれる統計データの見方も変わってきますので、「この統計は誰に調査をした結果なのか」を意識することが大切です。
ちなみに、旅行者を対象に調査をする統計を「需要側統計」、事業者を対象に調査をする統計を「供給側統計」と呼びます。
明らかにしたい指標・範囲別の種類
観光の動態を測る指標は、旅行者数以外にも旅行消費額、訪問地、満足度など様々なものがあります。
それらの指標は「何を明らかにするか」という観光統計の目的に応じて設定されており、統計データを扱う際には、自分の知りたいこととその観光統計が明らかにしている指標が合致するかを確認する必要があります。
例えば、国の機関である観光庁が実施している「旅行・観光消費動向調査」と「訪日外国人消費動向調査」は、その名の通り、どちらも旅行消費額を明らかにすることを主眼に置いた統計調査です。
ですが、旅行・観光消費動向調査は「日本国内居住者」の旅行消費を明らかにする統計であるのに対し、訪日外国人消費動向調査は「訪日外国人旅行者」の旅行消費を明らかにする統計という明確な違いがあります。
この2つの統計調査は名称から簡単違いを察知することができたと思いますが、似たような指標の数値が異なる統計から公表されている場合もあるので、注意が必要です。
調査方法(データの取り方)別の種類
観光統計をつくるための調査では、様々な方法によりデータが取得されます。
調査方法の一例として、
- 調査票(アンケート用紙)を個人世帯に郵送し、返送してもらう
- 調査票(アンケート用紙)を事業者に郵送し、返送してもらう
- 調査員が旅行者に声かけをして質問に答えてもらう
といったものが挙げられます。
日常の業務や研究では、つい公表されている数字の「製造過程」を深く考えずにデータを使ってしまいがちですが、そのデータが自分の利用目的に正しく合致しているかを考える上でも、調査方法(データの取り方)を把握しておくことが重要です。
それは調査方法が異なると、データの特性や結果の見方が変わっていることがよくあるからです。
例えば、調査員が旅行者に対し直接声かけをして対面で聞き取りを行う方法(他計式面接調査)の場合、調査への協力率が高い、曖昧な回答が減る、といった傾向があるのに対し、個人世帯に調査票を郵送して各自記入・返送してもらう方法(自形式郵送調査)だと、調査への協力率が低い、誤回答やご記入が増えやすい、といった傾向があります。
この場合、前者の調査で得られたデータの正確性は後者の調査よりも高いと考えることができますし、後者の調査結果を読み取るときは、調査方法に起因する影響を受けている可能性に気づくことができます。
オンライン調査では若い人の回答が集まりやすい、輸送調査では年配の人の回答割合が高くなりやすい、といった傾向は、みなさんも直感的に想像できるかと思います。
観光統計と一般的な調査データの違い

さて、ここまでは観光統計の仕組みや種類についてお伝えしてきましたが、世の中には観光統計以外にも観光や旅行市場に関する様々な調査データが出回っています。
ただし、観光統計と統計ではない一般的な調査データの間には大きな違いがあります。それが、集団をまんべんなく調べたかどうかという点です。
すでにご紹介したように、観光統計は調べる要素が明らかにしたい集団の正確な縮図になっているかを考慮して設計されています。一方、一般的な調査データは必ずしも調べる要素が明らかにしたい集団の正確な縮図になっているとは限りません。
なぜなら、一般的な調査の多くは予算や社会的な理由により、国や都道府県といった行政機関に比べて取得できるデータやその取得方法に制限があるからです。
例えば、観光庁が実施している「旅行・観光消費動向調査」では1年間で約10万人に紙の調査票を郵送してデータを収集しています。また、調査対象者に選定においては、住民基本台帳を活用しています。これは統計法に基づき実施される観光統計だからこそ実現できる調査であり、一般の事業者が容易に実践できるものではありません。
では、一般的な調査データは信頼できず、使えないのかというとそうではありません。
観光統計と一般的な調査データにはそれぞれ強み・弱みがあり、自分がデータを使う目的に応じて適切なデータを選ぶことが重要です。以下では、観光統計と一般的な調査データそれぞれの強みと弱みをみてみましょう。
観光統計の強み・弱み
まず、一般的な調査データと比べた観光統計の強み・弱みをご紹介します。
- 特性を明らかにする集団(母種団)の情報がしっかりしている
- 比較的大規模な調査が行われており、データの信頼性が高い
- 継続的かつ定期的に行われているので、時系列での比較ができる
- データの即時性が低い(調査実施から結果公表まで時間がかかる)
- データの更新頻度が限定的
- 調査の内容が一般的になりやすい(深堀りしたデータが取りづらい)
一般的な調査データの強み・弱み
次に、観光統計と比べた一般的な調査データの強み・弱みをみてみましょう。
- 最新のトレンドに関連したデータが得られる
- 特定の対象者や特定の分野に特化したデータが得られる
- 調査実施から結果公表までの期間が比較的短い
- 調査対象が偏ってりる可能性や、サンプルサイズが小さい場合がある
- 時系列での比較や、他の調査との比較がしにくい
- データの信頼性を利用者自身が注意深く確認・判断する必要がある
データの特徴を知った上で使うことが大切!

このページでは、そもそも観光統計とは何かについて、その仕組みや種類とともにご紹介しました。
ウェブで検索して出てくるデータ中には、観光統計であっても「統計」であることが強調されておらず「〇〇調査」といった名称で表示されているケースが少なくないので、ご自身が使おうとしているデータが統計かどうか気にしたことがないという方も多いのではないでしょうか。
観光統計のデータは基本的に信頼性が高いものですが、一般的な調査データと同様、観光統計を含む全てのデータには強みや弱みがあります。
数字の持つ説得力は大きいからこそ、その数字の基となる調査のやり方や前提条件をしっかりと確認して、正しく理解をした上でデータを活用するようにしましょう!